名前を呼んでも起き上がらないのに、耳の先だけがこちらへ向く。猫と暮らしていると、そんな反応をよく見かけます。
猫が人の声をどこまで聞き分けているのかは、2013年から2024年にかけて日本の研究チームが実験で確かめてきました。この記事では、その3つの研究をたどりながら、猫に何が届いていて、何がまだ確かめられていないのかを分けて整理します。
先に結果だけ書いておくと、猫は飼い主の声も自分の名前も聞き分けています。一方で、言葉の意味まで分かっているという結果は、この3つのどれからも出ていません。
飼い主の声は、他人の声と区別されている
2013年にAnimal Cognitionに発表された齋藤慈子氏と篠塚一貴氏の実験は、家庭で暮らす猫20匹が対象でした。猫から姿の見えないところで、知らない人の声を3人分続けて流し、最後に飼い主の声を流すという順番です。同じような刺激がくり返されて反応が鈍ったところへ飼い主の声を入れ、反応が戻るかどうかを見る作りになっています。
20匹のうち15匹は、3人目の声への反応が1人目より小さくなりました。そのあとに飼い主の声が流れると、反応ははっきり戻っています。つまり猫は、姿を見なくても声だけで人を区別できるということ。
返事がなくても、届いていないわけではない
この実験でもうひとつ分かったのは、猫の反応の出方です。鳴いたり尻尾を動かしたりといった、こちらへ働きかける動きは増えませんでした。代わりに出たのは、耳を動かす、頭を声のほうへ向けるという、情報を受け取る側の動きです。しかも飼い主に名前を呼ばれたときも、この傾向は変わりませんでした。
そのため、呼んでも返事がないことを、聞いていない証拠として受け取る必要はありません。声が届いているかどうかは鳴き声ではなく、耳と頭の動きに出ます。
耳が声のしたほうへ動いたか
頭や視線がそちらへ向いたか
鳴き声や尻尾の動きは、届いたかどうかの目印にはならない
自分の名前も、ほかの言葉と分けて聞いている
2019年には、上智大学の齋藤慈子氏らが、猫が自分の名前を聞き分けられるかどうかを調べました。使われたのは馴化脱馴化法という手法で、同じ種類の刺激をくり返して慣れさせ、別の刺激で反応が戻るかを見るものです。すべて異なる一般名詞、または同居猫の名前を4つ続けて聞かせると、猫の反応はだんだん小さくなりました。
そのあとに自分の名前が流れると、反応が戻ります。一般名詞や同居猫の名前と自分の名前を、異なるカテゴリーの刺激として認知していることを示唆する結果でした。人が発するいろいろな音のなかで、自分の名前だけが別のものとして届いている、ということです。
猫カフェの猫では、結果が一部だけ分かれた
この研究は一般家庭の猫と猫カフェの猫の両方を対象にしています。自分の名前と一般名詞を区別する点は、どちらの環境の猫でも同じでした。分かれたのはもう一段細かいところで、猫カフェでは、同居猫の名前と自分の名前を区別しているという結果は得られませんでした。なぜ差が出たのかまでは調べられていません。暮らし方によって変わりうるのは、いまのところ同居猫の名前と自分の名前を聞き分けられるかどうか、という部分です。
なお、聞き分けられることと、名前の意味が分かっていることは別の話。この実験が示したのは、自分の名前がほかの言葉とは違う音として届いている、という範囲までにとどまります。
意味のない言葉でも、音と物を結びつける
2024年にScientific Reportsに載った高木佐保氏らの実験は、1つ目の実験が猫31匹を対象にしています。内訳は、猫カフェで暮らす23匹と家庭猫8匹。画面に映した絵と、飼い主が「パルモ」「ケラル」と言う音声を組にして4〜8回見せ、その組み合わせに慣れたところで絵と音を入れ替えました。
すると猫は、入れ替えた回のほうを長く見ています。統計的にも差が認められたので、絵と音を結びつけて覚えていたと考えられる結果です。しかも使われたのは意味のない言葉ですから、猫は初めて聞く音でも短いあいだに対象と結びつけられることになります。
電子音では差が出なかったが、音の種類による違いは見つかっていない
この研究には、別の猫34匹を対象にした続きの実験があります。人の声の代わりに電子音を使ったもので、そちらでは入れ替えた回にわずかに長く見たものの、統計的な差は出ませんでした。
ただ、研究チームは2つの実験をまとめて直接くらべる解析もしています。そこでは音の種類による違いは見つからず、猫は音の種類にかかわらず絵と音を結びつけた、という結論になりました。述べられているのは、人の声のほうが物と結びつけやすい可能性がある、というところまでです。電子音では届かない、という結果は出ていません。
意味が分かっているかどうかは、まだ別の話
ここまでの3つは、いずれも猫が音を聞き分けていることを示した実験でした。一方で、聞き分けた音を猫がどう受け取っているのかとなると、確かめられていないことのほうが多く残っています。
1つ目は、2024年の研究チーム自身が限界として挙げた点です。短いあいだの結びつきしか調べていないため、家族や同居猫の名前を思い出せるのか、覚えていられる時間はどれくらいなのかは、これから調べる課題として残されています。
2つ目は、3つの研究に共通する空白です。2024年の実験で使われたのは意味を持たない音でしたし、2019年の実験が示したのも、自分の名前をほかの音と分けて聞くところまででした。言葉の中身が猫に伝わっているかどうかは、そもそも調べられていません。
3つ目については、実験の作りそのものに理由があります。この研究が視線という間接的な指標を選んだのは、飼い主の指示で物を取ってくる猫がほとんどいないからでした。犬で使えるやり方が猫にはそのまま使えないぶん、指示が通じるかどうかの検証は進んでいません。
通じやすくする話しかけ方
3つの研究から言えるのは、猫が人の声をかなり細かく聞き分けているということでした。そこから素直に導ける範囲で、毎日の呼びかけを届きやすくする工夫を4つ挙げます。
呼び方をひとつに決めよう
猫カフェでは同居猫の名前と自分の名前の区別がつかなかったことを考えると、名前と自分がどれくらいはっきり結びつくかは、日ごろの呼ばれ方に左右されそうです。同じ猫を「ちび」「ちびちゃん」「ちびすけ」と日によって呼び分けていると、どの音が自分を指すのかがぼやけてしまいます。家族のあいだで呼び方をそろえて、ふだんは短いほうを使うのがおすすめです。
名前のあとに、良いことを置こう
ごはんを出す前、なでる前、遊びに誘う前に名前を呼ぶようにすると、名前は良いことの前ぶれになります。意味のない言葉でさえ4〜8回のくり返しで絵と結びついたのですから、毎日くり返される呼びかけなら、もっと確かな結びつきができると考えられます。
嫌なことの前には名前を使わないでおこう
反対に、爪切りや投薬の直前に名前を呼び続けると、名前そのものが身構える合図になりかねません。用事があるときは名前を呼ばずに近づき、終わってから名前を呼んでほめるほうが、呼びかけの効き目を保てます。
爪切り・投薬・耳掃除をこれから始めるとき
キャリーやケージに入れるとき
いたずらを止めたいとき
いつもの声で呼びかけよう
どんな高さや調子の声が届きやすいかは、まだ調べられていません。音の種類についても、2024年の研究では人の声と電子音のあいだに差は見つかっていません。ただ、研究チームは人の声のほうが物と結びつけやすい可能性を挙げています。そのうえでの工夫として、自動給餌器の電子音はごはんが出る合図、名前を呼ぶ声はこちらを見てほしい合図というように、音の役割を分けておくと手がかりが混ざりません。呼び出しは人の声で、と決めておくのがおすすめです。
まとめ
猫は飼い主の声を他人の声と区別し、自分の名前をほかの言葉と分けて聞き、意味のない言葉でも短いあいだで物と結びつけます。ここまでは、実験で確かめられていること。
一方で、言葉の意味が分かっているのか、覚えた結びつきが長く残るのかは、まだ誰も確かめていません。猫に届いているのは、いまのところ音の違いまでと考えておくと、猫の反応を読み違えずにすみます。
それでも、呼びかけが届いたかどうかは耳と頭の動きに表れますし、呼び方をそろえて名前を呼ぶ場面を選ぶだけでも、毎日のやりとりは伝わりやすくなるはずです。



参考にした研究は次の3本です。Saito A, Shinozuka K.(2013)Vocal recognition of owners by domestic cats (Felis catus). Animal Cognition(論文)/上智大学プレスリリース(2019年4月5日)ネコは自分の名前を聞き分ける(上智大学)/Takagi S, Koyasu H, Nagasawa M, Kikusui T.(2024)Rapid formation of picture-word association in cats. Scientific Reports 14, 23091(論文)。いずれも2026年8月25日に確認しました。
